ベンチャーキャピタリストは思った

上場企業のIR資料やベンチャー界隈、大好きなサッカーについて書いてます。

『琥珀の夢』を読みました

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尊敬する大経営者の方から『琥珀の夢』を推薦いただき、早速読みました。伊集院静氏が描く、サントリー創業者鳥居信治郎氏の物語です。小説として楽しむだけでは勿体無いほど、経営に役立つことが散りばめられています。今回は、自分の備忘録も兼ねて、「ここがポイントだな」を書き留めておきます。

幼いときから成功の素質がともなっていた??

信治郎の幼少期の特徴が以下の通りです。

小学校は2階級飛び級
好奇心が非常に強い
体が頑丈
弱音、文句を言わない
陰徳の考え

 身体的な特徴や、頭の良さはもちろんですが、「弱音、文句を言わない」や「陰徳の考え」という精神面での特徴があります。陰徳はあまり聞かないと思いますので、簡単に説明すると、自分がおこなった徳は他人にばれないようにする、ひけらかさないようにするということです。そのような謙虚な姿勢が成功につながったのではないでしょうか。上巻で、信治郎の母親が信治郎に諭す場面がありますので、ご確認ください。飛び級すごいな。

明治時代特有の日本人の明るさを感じます。

司馬史観に基づく私の個人的な意見として、明治時代の日本人はとても楽観的で明るい民族だと思っています。維新を経た日本は西洋の豊かさに振れ、希望をもち国際社会に出ていきました。一方、列強など海外国との利害が発生し2度の戦争をおこないます。ここで私がいつも感じるのは、昭和時代の戦争の暗さをあまり感じないことです。もちろん戦争はしてはいけないことです。悲劇しか生みません。それでも、明治は希望をもって前に進んでいたと思います。根拠がなくて申し訳ございません。

信治郎の丁稚奉公時代を読んでいても、大阪の活気が文章からあふれんばかりに出てきます。読んでいて気持ちがよくなります。

 

奉公先のご主人、小西儀助さん最高

信治郎は丁稚として、小西商店に奉公に出ることになりました。小西商店は薬を商いにし、洋酒事業も始めます。儀助は信治郎に素質を感じ、自分の丁稚時代のことを語ります。これがまたいい話。

「温い飯は三年喰わしてもらえなんだ。けどそれを辛いと思うたことはいっぺんもなかった。なんでかわかるか。」
「わてには帰る場所がなかったんや。そら生家はあったが兄弟も皆奉公先へ出とる。わてが倒れたら、それで仕舞いや。飯を食べさせてもろうて、仕事も覚えられる。それで十分やった。ど突かれようが、蹴られようが、わては倒れるわけにはいかんかったんや。この手に銭も握らせてもらえへんかった。それがよかったんや」

泣ける。そしてたくましさを感じる。

 独立後に本領発揮

信治郎は独立し、店を構えることになりますが、取り扱うものは洋酒。儀助が断念した洋酒製造です。恩師が成し遂げられなかったことを成し遂げる。壮大です。気持ちいいです。そんな中、信治郎は、西洋人と結婚した女性の家に招かれ食事をします。信治郎は生粋の商人で、どこでもビジネスチャンスを探しています。

信治郎は食事をしながらセレースとお嬢さんが葡萄酒を飲む様子を見ていた。特にセレースは葡萄酒をよく飲んでいた。----これが西洋の晩御飯の食べ方なんや。毎晩こないしてんのやったら、そら葡萄酒はよう売れるがな・・・・。

 ただ目に映る事象として捉えるのではなく、ビジネス目線から物事を見ています。

また、大阪⇔小樽を航行する客船を見つけ即乗船することを決めます。しかも一等客室。現在に換算すると数百万円とのこと。まだ事業を始めたばかりの信治郎にとってそんなに大きい額は払えるわけありません。しかしちょうどいいタイミングで、お兄さんから事業資金をもらったばかりでした。それを使います。

「小樽なら小樽でかまへん。わてはあの船の一等に乗る連中のがどんなんかを見てみたいんや」
「見るだけですか」
「いや見るだけでない。どんなふうにしとんかを、この目でたしかめたいんや。どんなもん食べて、どんなもん飲んで、どないなことしとんのんかを」
「変わった人やね、あんたはんは・・・、ほな船に乗って、人を見るだけですか?」
「いや、街も、人も見るんや」

大好きな場面です。本当に商売人。行動力、観察眼。全ビジネスマン尊敬するべき。

マーケティング戦略もさすが

 この時代、米一升が十銭であった。赤玉一本で米が四升ほど買えるのだから、贅沢な品物であることは間違いなかった。
信治郎がこの値決めをしたのは、品質に確固たる自信があったからである。同時に、日本の葡萄酒の中で一番のシェアをしめている東京の蜂印~葡萄酒よりあえて高い値付けをしたのである。もちろん、問屋、商店の利幅も蜂印より大きい。
三十八銭は九年という辛苦の歳月の値段ではない。信治郎はこの赤玉以降、さまざまな商品を開発して世に送り出すことになるが、どの商品も安さで売ろうという発想はしなかった。同じ商品でも寿屋の商品は、他に負けない最上の品物を作っているという自負があってのことだった。

 価格戦略の真髄。いいものを安く提供するのではなく、価格に価値を表しています。詳細は本に譲りますが、新聞広告を本格的に取り入れたのは信治郎が日本で初めてのようです。デザイナーを雇い、好きなようにさせることで独自の広告を生み出していきました。

組織戦略

 店の中の誰よりも懸命に働く姿勢はかわらなかったが、信治郎は丁稚時代、先に店に入った先輩から必要以上に叱責され、萎縮してしまって十分に働くことができなくなった同僚や後輩たちを何人も見ていた。皆がのびのびとその能力を発揮できるためには、家族の団欒のようなものが必要だと考えていた。

 労働の流動性が以前より少しだけ進んだ日本で、逆行する考えかもしれませんが、こういう考えは必要。社員の働きやすさを追求し、ひいては会社が繁栄する。好循環です。

ビジネスに役立つことばかり書いてあります。

小説だと思い、楽しく読んでいてはビジネスに役立つことを読み流ししてしまうと思ったので、「これはいいな」と思ったことは付箋をつけたり、その場でEvernoteにメモするなどして書き留めました。年末年始に時間がある方、是非手に取ってみてはいかがでしょうか。